2016年5月13日金曜日

「新・人間革命」6巻 遠路の章

旅は続くどこまでも。トルコのイスタンブール、ギリシャのアテネ、エジプトのカイロ、パキスタンのカラチ、タイのバンコクを経て、香港経由で帰路に。タイとバンコクには支部が新たに結成された。

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人間は、ともすれば、敵に対して幻影をいだき、その幻影に怯え、自ら敗北していく場合が多い。

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ソフィストにとっては、何が真実であるかも、そして、何が人間の人生や幸福にとって大事かも関係なかった。ともかく、博学を装い、白も黒と言いくるめて、相手を打ち負かし、自分の主張が正しいと信じ込ませることが狙いとなっていた。

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いた、ここに職場の先輩たちの原型が。彼らはソフィストだったのだ。現在にもいますよ。

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本来、社会全般が、一切の法が、皆、仏法なんだから、歴史や政治を語っても、また、人生を語っても、仏法のものの見方、考え方に触れざるをえないものだよ。
仏法を、信心を、本当に自分の生き方の根底にし、そのことに誇りと確信をもっていれば、自然に仏法対話になっていくものだ。そうならないのは、自分の心のなかに、仏法に対して、垣根を設けているということだろうね。

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私たちが最終的にめざすものは、個人に即していえば絶対的幸福だ。どんな逆境に立とうが、崩れることのない、生命の大宮殿を自身の胸中に築き上げていくことです。また、自他ともの幸福であり、広宣流布こそが本当の目的だ。

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前巻にもあったように、永遠の五指針を含め、民衆の心の土壌を耕し、大宮殿を築き上げる(どこまでも高く築き上げ続けることが本義に近い)が目的です。

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伸一は、時として、気の遠くなるような思いをいだくこともあった。焦りを感じもした。しかし、そんな時には、彼は、いつも、敗戦の焼け野原に一人立った恩師が、七十五万世帯の友の幸福の城を築き、自身の生涯の使命を果たしたことを思い起こした。

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池田先生でさえも焦りはあるのだ。魔との戦いもあるのだと。間断なき魔との闘争と一瞬一瞬の命の燃焼。これが真実。



―――広宣流布の道は、遠路である。
遠路なればこそ、一歩一歩の地道な歩みが大事だ。
遠路なればこそ、何ものにも挫けぬ、信念と勇気の火を燃やし続けることだ。
そして、遠路なればこそ、皆で肩を組みながら、朗らかな、楽しき行進を繰り広げていかなければならない。
窓の外には、星々が微笑むように、清らかに、また美しく瞬いていた。

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