今日、「経済は、人類を幸せにできるのか?」を読んでピンときた。
ここにホモエコロジクスの導入を提唱したい!
まずは私が分かりやすい例えとして、娘とのやりとりにヒントを得た、幸福感と経済的豊かさの関係性を示しておきたい。
<ガムの理論>
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娘がドラッグストアでガチャガチャガムを10円でしたいとせがんだ。なぜならば、その中には色とりどりのガムが入っていて、とりわけ、恐竜の卵のような珍しいガムが入っていて、それがあたるかもしれないからだ。ワクワクも含めて10円のガムを買いたいのである。恐竜のガムも色とりどりの他のガムも原材料費は変わらないだろう。
どうしてもほしいと泣くので1個買った。すると、出た!恐竜の卵。その時の娘の幸福そうな顔ときたら 100円あげてもいいと思った。
その帰り、スーパーによった。すると、駄菓子コーナーには今や色々な目を引く商品が並べられていて、ガチャガチャガムのガチャガチャ丸ごとが中々値段(手には届く範囲)で売られていたのだ。娘はここでも大泣きしてせがんだ。さっきの恐竜の卵は大切そうに食べずに持っていたのに、それを見た途端口の中に入れて忘れてしまっている。
ガチャガチャも親心からつい買ってしまった。
しかし・・・ 娘の幸福感はさほどではなかったのである。後に残ったのは、10円のガムで感激する悦びを失った貧しい心であった。これほどの不幸はない。
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これが、私の提唱したい『ガムの理論』である。今の経済はこのような過ちを犯しているのだ。少欲知足であることの幸せを奪う方向に働いているのである。これを解決するためには、ホモエコノミクスに代わって、ホモエコロジクスを登場させるしかない。
ホモエコロジクスは、自分の利益を最大化させようとする人種ではない。他人と比較をすることを喜びとしない自立した利他の精神に富んだ人種だ。そう、もう一つの人間の特性である協力性にスポットライトのあたった人種である。
そこでは、あえて流通を効率化しようとしない。地域経済を活性化させ、移動は時間をかけるのである。スピード≠幸福では決してない。旅行すればいいではないか。現地のものを味わおうと思えばそこへ時間をかけていく。そのお金はどこから稼ぐのかというと、お金が余っている人の出した基金からねん出してもらうのである。その人の人生にとって+と判断されれば寄付金がおりるのだ!この基金、先に紹介した補助メカニズムを担う団体が負うのである。よってある程度宗教性、公益性が必要な団体である。
こうやって考えていくと今の経済そして社会の病根が現われてきませんか。欲望には際限がないことを知っているのに、そこをけしかけている社会。これは不幸です。一時もはやく、ホモエコロジクスが主流となる社会を作っていきたい。それを決意したい。
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