2016年5月10日火曜日

「新・人間革命」4巻 青葉の章

タイトルの通り、青年に向けた章である。青年部の方面総会の模様が。1961年6月には200万世帯達成も実現。しかし、伸一だけは、勝利に酔わず、ただただ、冷静に舵取りを一人考え、間断なき闘争を誓うのであった。

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御書にも、一見、相反するかのように思える御指導もあります。たとえば、あるお手紙のなかでは、たった一遍の題目でも成仏できると仰せになっています。しかし、別の箇所では、どんなに題目を唱えても、謗法があれば、全く功徳はないという意味の指導をされている。また、ある御手紙では、百二十まで生きても、名を汚して死ぬよりは、一日でも名をあげることが大事であると述べられている。ところが、ほかのところでは、若死にしてしまえば、なんにもならないとの仰せもあります。
何事にも両面があり、一方に偏らないからこそ、人間的なんです。つまり、人間が生きるということは、相反する課題を抱え、その緊張感のなかで、バランスを取りながら、自分を磨き、前へ、前へと、進んでいくということなんです。

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意味深な言葉ですね。陰にも陽、陽にも陰がという風にもとれますし、その人の置かれた状況も考慮する必要があるということでもありそうです。

信心のない人が一遍題目を唱えてみたというだけでは功徳は少ないと思いますが、信心強情な人が心から一遍題目を唱えれば功徳は大きいと思います。

言葉尻をとらえるのではなく、あくまで隨縁真如の智から出ているから二つとも真実なのです。根本は目の前の人をどうにか救済しようという慈悲心。


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大切なのは、その心である。たとえ、会合は始まっていても、一分でも、一秒でも早く、会場に到着し、少しでも多くのものを吸収しようという一念が、人を成長させるのである。こうした姿勢を忘れてはならない。

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映画作りは、目立たないし、陰の力であるけれど、その影響力はすごい。家でも、土台というのは見えない。車でも、エンジンは人の目には触れない。人間の体にしても、心臓を見ることはできない。ものごとを支えている、本当に大切な力は、いつも陰に隠れているものなんだよ。

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私も、土台となろうと決意したからには、地道な活動をやっていこう。このブログを書きつづけることも自身に誓いながら。

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