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2016年4月18日月曜日

フロー状態

こんにちは。

今日は2回も書き込むことになります。頭の中で回転したものが、今この時に書こうよと伝えてきてくれているからです^^

今日は、「フロー状態」と一般的に言われているハイな状態について、色々とずっと思考を巡らしていました。学習を川の流れに1回目に例えたからでしょうか。

ランナーズハイ、クライマーズハイ etc.でこの世界の有名な研究者のその名もミハエル・チクセントミハイなんてね。

ここ↓で紹介されている同研究者の本「フロー体験 喜びの現象学」は下記紹介ブログによると子供の教育論にも及んでいるようなので学問の幅を広げるべく今後の購入リストに入れること決定。


http://blogs.itmedia.co.jp/yasuyasu1976/2011/11/post-66a9.html



おなじみの茂木健一郎氏もやはり、フロー状態は興味深いテーマのようです。↓


http://www.yomiuri.co.jp/running/kataru/20140324-OYT8T00427.html

上記の記事から端的にまとめると(本購入後はもっとじっくり再考しますが)、100%そのことに意識が行っていて脳内神経伝達物質の快楽物質であるドーパミンがでまくり、課題と技術が右肩上がりの状態にあることのようです。

すなわち、自分でできるという自信に技術が追従してあらゆることがスローに感じるようによく分かっている状態。だから、スポーツに限らず、仕事でも作文でも、あらゆる技術を伴う作業には起こりうる状態で、皆さんも一度は経験されたことがあるんじゃないでしょうか?


「フロー状態」とは別名に「ゾーンに入る」とか「忘我」、「エクスタシー」とかもっと文学的には「神来の興」と言われるようなもの。この神がかり的な能力が芽生える状態を的確に表した作品として、つい最近も芥川龍之介氏の著作であり、南総里見八犬伝の著者である滝沢馬琴をモチーフにした「戯作三昧」を読み直してほとほと関心しておりました。何かを機縁にしていきなりやってくるところが味噌のようです。

ここでは孫の無垢な忠言を機縁にしてさっきまで暗い気持ちで何も手つかずだった馬琴に創作エネルギーが湧く渾身のシーンの抜粋です。一気に読み下して下さい。

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 馬琴の心に、厳粛な何者かが刹那に閃いたのは、この時である。彼の唇には幸福な微笑が浮んだ。それと共に彼の眼には、何時か涙が一ぱいになった。

(中略)

 始め筆を下ろした時、彼の頭の中には、かすかな光のようなものが動いていた。が、十行二十行と、筆が進むのに従って、その光のようなものは、次第に大きさを増して来る。経験上、その何であるかを知っていた馬琴は、注意に注意をして、筆を運んで行った。神来の興は火と少しも変りがない。起す事を知らなければ、一度燃えても、すぐに又きえてしまう。・・・・・・

「あせるな。そうして出来るだけ、深く考えろ。」

 馬琴はややもすれば走りそうな筆を警めながら、何度もこう自分に囁いた。が、頭の中にはもうさっきの星を砕いたようなものが、川よりも早く流れている。そうしてそれが刻々に力を加えてきて、否応なしに彼を押しやってしまう。

 彼の耳には何時か、蟋蟀の声が聞えなくなった。彼の眼にも、円行燈のかすかな光が、今は少しも苦にならない。筆は自ずから勢いを生じて、一気に紙の上を辷りはじめる。彼は神人と相搏つような態度で、殆ど必死に書きつづけた。

 頭の中の流れは、丁度空を走る銀河のように、滾々として何処からか溢れて来る。彼はその凄まじい勢いを恐れながら、自分の肉体の力が万一それに耐えられなくなる場合を気づかった。そうして、緊く筆を握りながら、何度もこう自分に呼びかけた。

「根かぎり書きつづけろ。今己が書いている事は、今でなければ書けない事かもしれないぞ。」

 しかし光の靄に似た流れは、少しもその速力を緩めない。反って目まぐるしい飛躍の中に、あらゆるものを溺らせながら、澎湃として彼を襲って来る。彼は遂に全くその虜になった。そうして一切を忘れながら、その流れの方向に、嵐のような勢いで筆を駆った。

 この時彼の王者のような眼に映っていたものは、利害でもなければ、愛憎でもない。まして毀誉に煩わされる心などは、とうに眼底を払って消えてしまった。あるのは、唯不可思議な悦びである。或いは恍惚たる悲壮の感激である。

(後略)

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この一気に書き下ろしたであろう芥川氏の心持こそが、我々が学問やスポーツ或いは仕事をしたくなる醍醐味ではないだろうか。私も仕事で忙殺中に疲れがふとなくなり、時間がゆっくりと流れ出す気持ちのよい瞬間が来るのを利用することがある。まさにこの状態にあるのだろう。

すごく、気持ちいいですよね。こんな膨大な仕事がもう終わったの?というあっという間にできてしまったあの感覚。


これはすごく研究すると面白いと思います。ミハエル・チクセントミハイ氏の研究上のハイな状態に感謝。

子供たちが知識を詰め込むのではなく、知識得る悦びを学ぶ方法にこのフロー状態を活かせたら、今の暗記重視の教育に革命がおこると思いますよ。

生涯学習として、このフロー状態を出しやすくするために、いかなる世代にもその時々で必要な学びがあることを教えてくれているのではないでしょうか?






趣味的学問・学問的趣味のこと

う~ん 普通にGoogle検索からこのブログに入ろうとしたら、2ちゃんねるのスレに「孤独な」を形容詞につけた同じタイトルのスレがあってびっくりした。どうやったら自分のブログは表示されるんだろう。検索にかからない。もう少し使い方をマスターしていかないと。


⇒ http://uni.2ch.net/test/read.cgi/alone/1333380968/(2ちゃんねるの孤独なスレ)



それより、ふと浮かんだ同じ造語タイトルを別の人がつけていて、既に議論をたたかわせていたことにびっくり。感性が似ているのか。

それにしても孤独な感じで尻つぼみしたスレであった・・・。3年前には終わってる。

キーワードは「数学」「物理」「言語」「歴史」「哲学」「経済」なんかを「孤独」を慰めるために必要にせまられずにやってるとか。なぜ「男性」にこだわるのかはよく分からないが、「独身」ということも言外にあるのかも。

自分もかつて諸富祥彦先生の「むなしさの心理学」という新書に傾倒し、「孤独であるためのレッスン」「友達100人できません」なんてタイトルの本も読んだ気がするので、孤独を感じている独身当時には同じ心境だったのかも。ただ、今は孤独感で学問しようというわけではありません。諸富先生の本から得られたフランクル「人間性心理学」は本当すばらしい心理学ですよ。これは「どこまでも諦めない」いう現在の自分の哲学を形作ってくれています。

どちらかというと、今の私は、将来よりよい人とのつながりを探求するために「活」の学問を身につけたい、いや一生醸成していきたいという気持ちでこのブログを書いています。

水の流れが一緒になってはまた分かれての河のような、対話しているような学問でありたいなと考えています。



それにしても似た感性の方に「数学」が好きな方は以外と多いんですね。答え(応え)があるから、対話を実は求めているとか?自分としては「哲学」をもう少し掘り下げたいですね。「学問を哲学する」という人もいましたね。哲学については、実は既に本やで適当なものを見つけてるんです。哲学体系がイラストのデザインよく配置されていて、見ているだけでインスピレーションを得られそうな本。もう少し想像の中で寝かせて希望を膨らませてから買おうと考えています。私にとっては本の装丁や挿絵も又、大事な要素です。また、買ったら時々紹介しますね。



I noticed that same title already exist on internet“2 channel”that is famous notice board in Japan.

They also feel lonely on learning as interesting or being interested in learning. They may want to talk with any other mentor or friends in fact.They are interested in mathematics, physics, language, history, philosophy economy and so on. The reason why they are all mail was not clear. Maybe they remain single?

I'm most interested in philosophy and Frankl psychology is best one by now. That is may framework even now.